大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(う)2307号 判決

本店所在地

千葉県千葉市祐光二丁目一一番一二号

鈴や建設株式会社

右代表者代表取締役

鈴木績

本籍ならびに住居

千葉県千葉市登戸三丁目一七九番地

会社役員

鈴木績

明治四二年八月一〇日生

右両名に対する法人税法違反被告事件について、昭和四九年八月一三日千葉地方裁判所が言い渡した有罪判決に対し、弁護人から、それぞれ適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官粟田昭雄出席のうえ審理をし、つぎのとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人藤本勝哉作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官設楽英夫提出の答弁書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、つぎのとおり判断する。

一  事実誤認の論旨について

(一)  所論は、千葉市祐光町の土地は被告人鈴木がほとんどの資金を調達して購入したが、千葉市の要望により便宜被告会社名義としたに過ぎないから、松下電工株式会社に売却したその一部の土地(九九六・九九坪、以下本件土地という。)も被告人鈴木に帰属するものであるのに、これを被告会社の所有に属すると認定した原判決は誤りである(控訴趣意第一の一)、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調の結果を総合すると、被告会社は昭和三四年四月六日ころ千葉市祐光町に所在する、いわゆる東部土地約二万二〇〇〇坪の農地につきその所有者と代金を一坪当り約三三〇〇円とする売買契約を締結して同年六月一一日ころまでにその代金を支払い、右土地につき同三六年五月二四日ころまでに農地法による許可を条件とする所有権移転の仮登記手続をしたこと、その後被告会社は右土地を自己の所有に属する不動産として不動産台帳に登載し、自ら管理してこれに対する固定資産税などの公租公課を支払い、またこれに対する造成工事費を未成工事支出として処理していたこと、右土地のうちすでに売却した代金はすべて被告会社に帰属するものとして取り扱われていたこと、本件土地は昭和四五年一〇月一三日被告人鈴木名義で松下電工株式会社に対し代金一億三九五八万円で売り渡されたが地目変更、分筆、右会社に対する所有権移転登記等はすべて被告会社において手続し、その代金も一旦被告会社に入金され、その一部は西山興業に対する被告会社の債務の弁済に充てられていること、および被告会社の関係者も本件土地が被告会社に帰属することに疑いを持っていなかったこと、右東部土地購入資金は、被告会社において借り受けた中小企業金融公庫からの一七〇〇万円、日本相互銀行からの三〇〇〇万円のほか、被告人鈴木が競走馬を売却するなどして調達したが、被告会社は被告人鈴木の調達した右金員を同人からの借入金として扱い、すでにその清算を了していることを認めることができる。

そうすると、本件土地は、被告会社の所有に属していたものというべきであるから、その売得金もまた右被告会社に帰属すべきものであり、原判決には所論のような事実誤認はない。論旨は理由がない。

(二)  所論は、被告人鈴木は本件土地が自己の所有に属するものと信じ、右土地売却代金の税務相談を受けた職員が適切な指導を行なわなかったため個人所得としての申告を失念したものであり、また被告会社の顧問税理士に対し何時でも修正申告をする旨言明していたことによっても明らかなとおり、法人税逋脱の意思を有しなかったのに、その犯意を認めた原判決に事実誤認の違法がある(控訴趣意第一の二)というのである。

しかしながら、前記の事実に徴すると、被告会社の代表取締役として同社の業務を統括していた被告人鈴木は、本件土地が右会社の所有に属していたことを知悉していたと認めるべきものであり、また、原判決挙示の各証拠によると、大蔵事務官岡富貴雄は昭和四六年三月四日千葉税務署において被告人鈴木の指示により本件土地売却代金につき税務相談に訪れた宍倉吉信に対し本件土地売却代金は被告会社に帰属すると思われる旨を述べ、右宍倉もその旨被告人鈴木に伝えたこと、および被告会社の顧問税理士小高基弘は被告会社の昭和四五年度法人税確定申告書を作成するに当り同社の提供した資料に基づき本件土地売却代金をも計上した試算表を作成したが、被告人鈴木から鈴木志津子を介し右土地は同被告人個人のものである旨の申出があったため、右土地売却代金を除外して右同社の確定申告書を作成提出するにいたったが、その後鈴木志津子や宍倉吉信を介して被告人鈴木に対し本件土地売却代金を計上した修正申告書の提出をすすめていたことが認められる。そして、以上の事実に、被告人鈴木の検察官に対する各供述調書を総合すると、被告人鈴木が本件法人税逋脱の犯意を有していたことを認めるに十分である。論旨は理由がない。

二  量刑不当の論旨について。

所論は、要するに、被告会社および被告人鈴木に対する原判決の量刑は重きに失して不当である(控訴趣意第二)、というのである。

しかしながら、記録を調査し、当審における事実取調の結果によると、本件は、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括していた被告人鈴木において、被告会社の業務に関し、昭和四五年四月一日から同四六年三月三一日までの事業年度における被告会社の総所得金額のうち松下電工株式会社に対する不動産売上代金を申告除外して被告会社の法人税四五一五万八四〇〇円を逋脱したという事案であり、その逋脱の動機、方法および逋脱税額などの点を考えてみても、被告人らの刑事責任は決して軽くないというべきであり、被告会社においてすでに逋脱税額、重加算税などを完納していること、その他所論の被告人らにとって酌むべきすべての情状を十分考慮しても、原判決の量刑が重きに過ぎ不当であるとは認められない。論旨はいずれも理由がない。

ニ よって、刑訴法三九六条により、本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 東徹 裁判官 長久保武 裁判官 中野久利)

控訴趣意書

被告会社 鈴や建設株式会社

被告人 鈴木績

右の者に対する法人税法違反被告事件の控訴の趣意は左記のとおりである。

昭和四九年一〇月二九日

右両名弁護人

弁護士 藤本勝哉

東京高等裁判所

第一刑事部 御中

第一、原判決は、明らかに判決に影響を及ぼすべき重要なる事実の誤認がある。原判決は「被告人鈴木績において被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て……売上の一部を公表経理から除外し、簿外預金を設定するなどの不正手段により所得の一部を秘匿させたうえ……虚偽の法人税確定申告書を提出させ……四五、一五八、四〇〇円をほ脱したものである。」旨判示する。

然し乍ら、被告会社及び被告人は、左記理由から法人税をほ脱する意思はなく無罪である。

一、千葉市祐先町の土地(東部土地)は、その殆んどを被告人鈴木績個人が資金調達して昭和三五年四月頃会社名義で購入されたもので、松下電工株式会社に売却した右土地の一部九九六・九九坪は、本来被告人鈴木績に帰属すべきものであり、右売却代金は法人所得ではない。

(一) 本件東部土地の買収代金七千万乃至八千万円也についてその半額は被告人個人の鈴木組が右買収当時迄ゴルフ場造成により得られた資金でこれに当てられており、商工中金日本相互銀行等からの銀行借入も実質は被告人個人である外、不足分は被告人が当時所有していた資産、競争馬等の売却によりまかなわれているものである。

他方、被告会社は当時設立間もなく(昭和三三年八月二八日設立)、資本金も僅か金弐千万円也の個人会社に過ぎず、会社所有の資産は皆無で、市中銀行に対する信用は会社としては零に等しかった。

(二) そこで、被告人は東部土地の買収を個人名義で行なうべく資金調達したところ、「(右土地は)千葉市東部土地区画整理組合の区画整理にかかっている土地で公的事業であるから、買収するについても個人では困る、是非会社名義でして欲しい。」旨、千葉市からの強い要望に基づき、やむなく真実の所有関係とかかわりなく被告会社名義にしたものである。

又、被告人の調達した買収資金が会社名義で買収すると説明がつかないため、便宜上会社に対する貸付として計上しておいたところ、その後被告人が会社から借入した際、経理担当者が被告人に無断にて差引計算をしたため、右貸付が返済された形となって了ったものであるが、右計算はあくまで帳簿処理上の問題であり、東部土地の所有権の帰属と無関係である。

二、仮に、東部土地が被告会社の所有に属するとしても、被告会社の代表者である被告人鈴木績には、法人税ほ脱の意思なく、両名とも無罪である。

(一) 前項で述べた経験から、被告人は東部土地の過半が自己所有であると信じていたもので、そのため前記松下電工との売買当事者も自己名義で行ない、右代金の銀行預金も個人名義でしており、仮に法人税、その外税金のほ脱を企図するのであれば、かかる銀行預金をすることは到底考えられない。

(二) 昭和四六年当初、前年度の確定申告前被告会社は、同社の社員宍倉吉信を税務署にやり、東部土地の売却代金につき税務相談を受けさせた。

右税務相談の際、担当の岡税務事務官は法人所得か、個人所得か、いずれか一方で申告するよう確定的指導を行なっておらず、少なくとも諸般の事情を勘案して後日改めて判断する意味の回答を行なっており、右宍倉は後日何らかの税務署からの通知もしくは行政指導があると判断したからこそ、被告人にその趣旨を伝えたのである。従って、税金については素人である被告人としては、東部土地が自己所有であると考える傍ら何らかの税務署の行政指導があるものと思ったまま、個人所得として申告するのも失念していたものである。

然るに、税務署からの被告両名に対する通知も行政指導も全くないまま、国税局の査察を受けたものである。被告会社としては税務署が右不動産所得を真実、法人所得と認定するならこれに従う用意があったところ(その後税務署の認定に従い、本税の外加算税全てを支払済)、事前に脱税の意思のないことを明らかにする意味でも被告会社社員を税務相談にやっていたにも拘らず、適正な行政指導のないまま、右査察に及んだもので、右税務署の態度は甚だ不当なものと言わざるをえない。

(三) 被告会社は、前記東部土地の売却代金は法人所得から除外することに若干の懸念もあったので、同社の顧問税理士小高基弘に対し税務署等と接渉の上、万一法人所得と認定された場合、何時にても修正申告の用意がある旨言明しており(証人鈴木志津子、同宍倉吉信の証言及び被告人の供述)、通常不動産登記の場合と対比してみれば明らかな通り、司法書士に対し不動産登記申請の依頼をすれば、登記申請を登記所に為したと同様に考えられるのと同じく、被告会社としても小高税理士に税務署等の調査と、万一の場合修正申告するよう依頼しておけば本件の場合のように査察を受けた上起訴されるなど全く予測もしていなかった。

証人小高基弘、同小高みや子の証言によると、右事実に反する証言があるが、自己が税理士であるという立場を慮っての証言であり信用できない。

(四) 前記東部土地の売却代金は一円たりとも裏金にしたこともなく、又、被告会社は設立以来拾数年、故意に法人税をほ脱したこともない。然かも本件の場合既に縷述した通り、到底脱税できる状況下にあったものとは言えず、法人税ほ脱の意思は全くなかったものである。

原判決は右重要なる事実を一顧だにせず判示したもので、破棄を免れない。

第二、百歩譲って、仮に前記諸事情をもってしても、原判決は全く情状を考慮しておらず、被告両名が有罪とすれば左記事情から執行猶予の御恩典を賜り度く再度上申する次第である。

一、本件犯行自体、前述した通り何ら計画性がなく、偶発的であり、極めて単純な形態であり(検察官はこれは拙劣な脱税の仕方と指摘)、被告人、被告会社社員、税理士等、関係者の不注意に基因していたものである。

二、法人税は本税は勿論のこと、加算税を含め被告会社で既に支払済である。加えて罰金を課すことは被告会社を二重に処罰するに等しく、憲法違反の疑いがある。

三、被告会社は現在資本金壱億円也にも達し、千葉県下の官公庁からの工事の請負商では中商企業としては一、二位を争い、信用も大である。仮に被告会社及び被告人に対し重刑をもって処断された場合、右信用は失墜し、今後の事業継続に多大な影響を及ぼすことになる。

四、被告人鈴木績は拾数年来、千葉県建設業協会会長を務め、川島正次郎元副総裁の推挙もあって国会議員に立候補したこともある外、現在自由民主党千葉県連の常任顧問もしており、個人的にも信用大であり、仮に被告人が重刑をもって処断された場合、数拾年間被告人が築ぎ上げた社会的地位も名誉も一挙に崩れ去って了うことにもなる。東部土地の売却代金も決して個人の遊興費に費消したものでなく、被告会社及びその子会社の大東商事株式会社の運転資金、及び被告会社の西山興業株式会社からの借入金の返済に主として充当していたものである。

五、昨年来の石油危機により、建設、不動産業界は著しい不振をかこち、千葉県下でも多くの業者が倒産している状況下にあり、銀行からの借入は極端に圧縮されて、被告会社としても原判決の、金九三〇万円也もの罰金を課せられたなら、多数の社員の給料の遅配、下請業者への支払いも遅滞するばかりか、倒産の危険もあり、万一かかる事態になった場合、被告会社のみならず、官公庁や下請業者等多方面に甚大なる損害を及ぼすものである。

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